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9月25日

富士山之行!

820日 日曜日 晴れ

  今日は連休九日の最後の日だ。学生時代の夏休みと同じように、休む前によく考えるいろんなことをやるつもりだったが、結局はしばしば何も完成していなかった。今回の長期連休もこの例外にならなかった。ただし、今覚えられることが二日間の富士山の登りしかない。

  元々三日間の富士山への旅行は、何かの原因で二日間になり、しかも「山麓のんびりグループ」もなくなり、ただ「登山グループ」が残された。そもそも頂上まで登るつもりなので、私はあまり影響を受けなかった。しかし、その後たくさんの友達は行かないことを決めた。また、出発する当日で一人は体調が悪いためか、行かせなかった。残念極まりなかった。

  五時間ぐらい乗って、バスで走れる終点といわれる河口湖口(富士山5合目)に着いた。ここは高さが二千メートル以上で、雲がそばにあるかのように見えた。昼御飯を食べてから、早速登山を始めた。一メートル一メートルと、みんなが自分のペースを保って登っていた。時々話をしたり、風景を見たり、写真を撮ったりで、楽しくてたまらなかった。やっぱり旅をすれば、道連れがいたら本当によかった。ところで、山を登った人々の中に、外国人を除いて、年寄りと子供たちがよく見えた。会社の日本人の話しによると、毎年必ず登る年寄りが大勢いるそうだった。そういうと、独りでに登るのはなかなかすごいと感心していた。彼らに負けないように私たちも頑張っていた。三千メートルを超えると、上に登り続くにつれて、呼吸が少しずつ難しくなってきた。みんなは登る時に深呼吸をした上で、足と体に負担をかけないように急がないでよく休憩をしたので、高山病を大体乗り越えた。知らないうちに、とても楽しかった6時間を過ごして、午後7時ごろに漸く八合目の白雲庄に着いた。天気がいいためか、気持ちがいいためか、距離が長い前半が終わると、みんなが大変な感じがなさそうだった。だが、二日目早朝1時からの辛さは今でも想像できないことだ。

  晩御飯は僅かなカレーライスで、七人しか寝れない所で九人を寝させるなんて、これから大変なことが続々に始まった。私は夜熱くて全然眠れなかった。そうすると、起きる時に頭がふらふらしていた。その上、すごく雨が降ったり、強い風が吹いたりいた。また私はレーンコートなどの装備を持っていなかっただけでなく、その店でも変えなかった。隣の友達が何人もあきらめた後で、私も「どうすればいいか。これで終わるか。」と思わず悩んでいた。「この天気で頂上に着いてもご来光が見えないはずだが、せっかく富士山に来たのに、頂上まで行かないと一生の気の毒にならなりとも限らない」と思うと、行かない人からレーンコートを貸してもらって、きっぱり出発した。途中で風がもっと強かったせいに、登り続けた友達がほとんど帰ってしまった。それなのに、私と外の二人で一緒に石を探って懐中電灯をつけて、どんな強い風にあろうが、相変わらず上に登り続いていた。その時に頭の中に絶対帰れず一生懸命登るしかないだった。多分これは頂上に登れるねばりだろう。4時ごろにいろんな全ての困難を乗り越えてやっと頂上に着いた(その後の二人を加えて今回は行った34人の中で、5人が成功した)。予想通りにご来光とお鉢めぐりを見に行ったけれども何も見えなかった。しかも、頂上で完全に濡れてしまった靴とジーンズをはいた体がずっとぶるぶる震えたことと登る時にちょっぴり不注意して命がなくなりそうなことを思うと、おそらく二度と登りたくないだろう。一方で、最高峰に達した成就感がなかなかいい感じであり、おそらく一生でも忘れない体験と思い出になるだろう。若し再び登る機会を与えたら、どうすればいいのか。とにかく、行くかどうかはともあれ、天気状況についての確認は何より大事なことだ。